[グリーフケア]周産期のグリーフケア - 天使ママ・天使パパの会 関西
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天使ママ・天使パパの会 関西

上智大学グリーフケア研究所修了生が運営。疾患が原因で人工死産を体験した方、周産期グリーフケアのコミュニティです。

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親役割の喪失 



喪失体験は死別に限ったことではない。

どんなものがあるのかを挙げておく。

(グリーフケア入門から抜粋)

■大切な人の喪失:死別、離別(離婚、失恋、失踪、裏切りなど)

■所有物の喪失:財産、仕事、ペット、思い出など

■環境の喪失:転居、転勤、転校など

■役割の喪失:子どもの自立(親役割の喪失)、退職(会社での役割の喪失)など

■自尊心の喪失:名誉、名声、プライド、プライバシーが保たれないことなど

■身体の喪失:病気、怪我、子宮・乳房・頭髪などの喪失、老化現象など

■社会生活の安心・安全の喪失

周産期のグリーフケア、
つまり流産や死産、新生児を亡くした親御さんのためのケアの一つに

「親の役割」を経験するというものがある。

上に挙げた喪失体験の一つに「役割の喪失」というものがある。

赤ちゃんを失ったことで、

その子にしてあげるはずだった自分の役割も同時に失ってしまう。


そこで、親としての役割をするよう勧める施設も増えてきたようだ。


写真を撮ったり、手形足型をとるというものから、

親御さんが自分で赤ちゃんを沐浴させる、産着を着せる、
あるいは親御さんが産着を作る、などなど。


一緒に添い寝をしたり、言葉がけをすることももちろん含まれる。


周産期のグリーフケアのそのほとんどが病院で行われるが、

数年前まで、流産、死産は「なかったこと」にされ、

親御さんは自分の産んだ赤ちゃんであるにも関わらず、

会わせてもらえないことがほとんどだったそうだ。


状況が変わり始めたのが10年ほど前(2012年から約10年前)だそうで、

医療者側も「もの」のように扱ってきたが

近年では「人」として扱うように変化しつつある。


以前は小さな遺体を膿盆というトレーのようなものに置かれ、

その後箱に寝かせて

冷蔵庫で冷やすということが行われていた施設での助産師さんの言葉。


「24週で500グラムで生まれたAちゃん。

Aちゃんは、NICUで一晩がんばって生き抜きましたが、翌日空に旅立ちました。

一方、Aちゃんと同じ24週で500グラムのBちゃん。

Bちゃんは、お母さんのおなかの中で旅立ちました。

Bちゃんは、生まれると膿盆に入れられました。」

「同じ24週、同じ500グラムのAちゃんとBちゃん。

NICUの看護師さんたちは、
亡くなった500グラムのAちゃんを膿盆に入れたりするでしょうか?」

その助産師さんによると、

亡くなった子とお母さんが同じ病室で過ごし、

そこを訪れる助産師さんたちもその子を

「生きている子と同じように扱う」ことが大事だとおっしゃっている。


子を亡くしたお母さんのもとに行くのは助産師さんたちにとっても

どういう態度をとっていいかわからず、

とまどう方も多いとのことだが、

「かわいいね」

「お母さん似だね」

「お母さんのこと大好きなんだね」

とその子の存在そのものを慈しむことが大事なのだ。


その助産師さんはこうも言う。

ここ10年ほどで周産期のグリーフケアは手形や写真を撮ったり、

思い出を作ったりと進歩してきたが、

本当の意味で医療者が寄り添うということはどういうことなのか。


寄り添うという温かい心をどこかに置き去りにしていないかとも。


親役割を体験するということもとても大事だが、

それがマニュアルになっていないかと。


この助産師さんの講演でとても印象深い2枚の写真を見せてもらった。


2枚とも死産を経験した人だ。2人とも自分の亡くなった赤ちゃんを抱いて写っている。

■1人は笑顔で赤ちゃんを抱っこしている。
■1人は無表情で赤ちゃんをだっこしている。

「写真には医療者がどう関わったかが正直に写る。」

マニュアルとしてただ、写真を撮る、

手形を取るということが大事なのではなく、それはあくまで手段である。


なんのためにそれをするのかというと、

自分のところに来てくれた赤ちゃんが

確かにお腹の中で生きていた、ちゃんと存在した、

愛しい存在なんだということをお母さんに実感してもらい、

赤ちゃんのいのちそのものを慈しんでもらうためなのだ。

お母さんが心の根底でそう感じている感情を、心置きなく感じてもらう。


数年前までは赤ちゃんが亡くなると

それは無かったこととして扱われることがほとんどで、

「赤ちゃんのことをかわいいと思ってはいけない。」

「忘れなければいけない。」

「この世に存在しなかった子、次の子のことを考えよう。」

とお母さん、あるいはお父さんはそう無理に自分に言い聞かせ、

悲しみを押し殺し、

愛しいと思う気持ちまで封印して生きてきた人が多い。

今回の「役割の喪失」については「役割そのもの」というより、

根底にまず赤ちゃんを失ったということがある。


赤ちゃんのいのちをそのものを尊重し、慈しむこと、

その上で親として赤ちゃんのために何かをするという行動が生きてくるのだ。


私自身は赤ちゃんと会うことはできなかった。

しかし、助産師さんのケアでとても救われたのだ。


辛い気持ちは確かに消えないが、

「赤ちゃんの存在を認める」状態で辛いのと、

「赤ちゃんが存在しなかったこと」と無理に思い込もうとする状態で辛いのでは全く違う。


退院後は赤ちゃんのためにぬいぐるみを作ったことや、小さな産着を作った。


これも「親の役割」に当てはまるが、不思議と癒されるのだ。


今回の記事は私自身、講演を聴きに行ったセミナーの冊子
「あかちゃんこどもの死を考えるセミナー
~流産・死産・新生児死亡・乳幼児死亡~」を参考にした。

問い合わせはこちら
あかちゃんこどもの死を考えるセミナー事務局 (嵯峨嵐山・田中クリニック内)

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あかちゃん こどもの死を考えるセミナー の紹介 

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当サイト管理人も昨年と一昨年参加。
昨年は体験者として登壇させていただきました。

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申込み、詳細は以下のリンクをご覧ください。田中クリニックのサイトに飛びます。
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