[グリーフケア]周産期のグリーフケア - 天使ママ・天使パパの会 関西
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天使ママ・天使パパの会 関西

上智大学グリーフケア研究所修了生が運営。疾患が原因で人工死産を体験した方、周産期グリーフケアのコミュニティです。

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赤ちゃんへの思い。12年経って。 

亡くなった赤ちゃんへ

あなたがママのおなかにきたのは2006年の秋。

お別れしたのが2007年の1月。

あれから12年以上が経ちました。

ママは変わったかな?

だいぶ変わったよね。

変わったというより、無理しなくなったし、元の自分に戻ったんだろうね。

今でもあなたのことを思うと涙が出てきます。

お別れする前の最後の一週間、一生懸命足でおなかを蹴ってくれたよね。

あなたが生きているということを感じられて嬉しかったよ。

生まれてくるのを楽しみにしてたよ。

ママは未熟だったけど、未熟なりに一生懸命やってたと今では思える。

まーちゃんもゆうかちゃんも、ついこないだまで赤ちゃんで、バタバタの毎日を送っていた中、あなたが来てくれたんだよね。

パパも若かったね。

あなたのこと、抱っこできなくてごめんね。

姿を見てあげられなくてごめんね。

退院して初めてあなたの写真を見て、赤ちゃんのはずなのに老賢者のような雰囲気を感じました。

老成したたましいがやってきたのだとわかりました。

あなたがおなかの中で生きていたのは104日間だったかな。

おなかに来る前から、見えない姿でママたちの元にやってきてたの、後になって気づきました。

あなたの名前を教えてくれていたのですね。

ちゃんとキャッチできました。

おなかの中で生きたのは本当に短い間で、人によってそれは「かわいそう」って思うみたいです。

でもママはかわいそうとは思いません。

ママはあの時に死にそうになって、周りの人が必死の思いで助けてくれました。

あなたもいのちをかけて、ママのたましいを助けてくれました。

「生きていく」ということをあなたは自らのいのちをかけて教えてくれました。

それはあなただからできたこと。

だから「かわいそう」とは全く思いません。

すごい生きざまを見せてくれたと思っています。

人を根底から変えてしまうほどの強い思いを持って、短い人生だとわかりながら、あなたが生きて死ぬことで誰かを本当の意味で「生かす」ということをしたかったのですね。

ママは、写真を見てから、実際にあなたの姿を見て、触れて、だっこしたかったんだということに後から気づきました。

外の世界で「出会わない」という「出会い」でした。

あなたの姿には会っていないという寂しさをママは抱えていると同時に、あなたの存在、いのちにはちゃんと出会うことが出来ました.

あなたは今でも生きている。

いつもあなたの働きかけを感じています。

顔も見たことがない、声も聴いたことがない、何が好きで何が嫌い、どんな性格なのかも知らないのに、どうしてこんなに愛おしいのでしょうか。

そしてどんなに短い間だとしても、一度出会って別れることがどれほど辛いのかということも、身をもって知りました。

同じように辛い思いをしている人はいっぱいいるのだということも知りました。

あれから12年。

ママが出会う人たちは、あなたの存在があって、あなたへの思いが今でもあるからこその御縁をいただいた方たちです。

その人たちと触れ合う中で、あなたがちゃんといたのだいうことを感じます。

その人たちの中にあなたの姿を見ることもあります。

あなたは一体どんな子だったのか、どんな男性に育つ予定だったのか、出会う人や出来事の中からあなたの姿を探しているのかもしれません。

この世で生きている姿は仮のもの。

でもその仮の姿は今だけのもの。

有限。

この世で生きるということ、今のわたしの姿で生きているということ、この人やあの人の姿も今だけのもの。

それがいかに尊いことか。

やがて死んでしまう日が来る。

伝えたい思いがあるなら、ちゃんと伝えようということもあなたは教えてくれました。

ママはそれまで人に感謝していてもちゃんと伝えてこなかったけど、お世話になった人たちに感謝の手紙を書いたりということもちゃんとできるようになりました。

大変な状況にある人にちゃんと声をかけることもできるようになりました。

死ぬのはママだけじゃなくて相手もいずれ死ぬ存在だということを意識しないとね。

あなたは本当にすごいことを教えてくれたね。

ありがとうね。

あなたのいのち、これからも花を咲かせられるようママは生きていきます。







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親役割の喪失 



喪失体験は死別に限ったことではない。

どんなものがあるのかを挙げておく。

(グリーフケア入門から抜粋)

■大切な人の喪失:死別、離別(離婚、失恋、失踪、裏切りなど)

■所有物の喪失:財産、仕事、ペット、思い出など

■環境の喪失:転居、転勤、転校など

■役割の喪失:子どもの自立(親役割の喪失)、退職(会社での役割の喪失)など

■自尊心の喪失:名誉、名声、プライド、プライバシーが保たれないことなど

■身体の喪失:病気、怪我、子宮・乳房・頭髪などの喪失、老化現象など

■社会生活の安心・安全の喪失

周産期のグリーフケア、
つまり流産や死産、新生児を亡くした親御さんのためのケアの一つに

「親の役割」を経験するというものがある。

上に挙げた喪失体験の一つに「役割の喪失」というものがある。

赤ちゃんを失ったことで、

その子にしてあげるはずだった自分の役割も同時に失ってしまう。


そこで、親としての役割をするよう勧める施設も増えてきたようだ。


写真を撮ったり、手形足型をとるというものから、

親御さんが自分で赤ちゃんを沐浴させる、産着を着せる、
あるいは親御さんが産着を作る、などなど。


一緒に添い寝をしたり、言葉がけをすることももちろん含まれる。


周産期のグリーフケアのそのほとんどが病院で行われるが、

数年前まで、流産、死産は「なかったこと」にされ、

親御さんは自分の産んだ赤ちゃんであるにも関わらず、

会わせてもらえないことがほとんどだったそうだ。


状況が変わり始めたのが10年ほど前(2012年から約10年前)だそうで、

医療者側も「もの」のように扱ってきたが

近年では「人」として扱うように変化しつつある。


以前は小さな遺体を膿盆というトレーのようなものに置かれ、

その後箱に寝かせて

冷蔵庫で冷やすということが行われていた施設での助産師さんの言葉。


「24週で500グラムで生まれたAちゃん。

Aちゃんは、NICUで一晩がんばって生き抜きましたが、翌日空に旅立ちました。

一方、Aちゃんと同じ24週で500グラムのBちゃん。

Bちゃんは、お母さんのおなかの中で旅立ちました。

Bちゃんは、生まれると膿盆に入れられました。」

「同じ24週、同じ500グラムのAちゃんとBちゃん。

NICUの看護師さんたちは、
亡くなった500グラムのAちゃんを膿盆に入れたりするでしょうか?」

その助産師さんによると、

亡くなった子とお母さんが同じ病室で過ごし、

そこを訪れる助産師さんたちもその子を

「生きている子と同じように扱う」ことが大事だとおっしゃっている。


子を亡くしたお母さんのもとに行くのは助産師さんたちにとっても

どういう態度をとっていいかわからず、

とまどう方も多いとのことだが、

「かわいいね」

「お母さん似だね」

「お母さんのこと大好きなんだね」

とその子の存在そのものを慈しむことが大事なのだ。


その助産師さんはこうも言う。

ここ10年ほどで周産期のグリーフケアは手形や写真を撮ったり、

思い出を作ったりと進歩してきたが、

本当の意味で医療者が寄り添うということはどういうことなのか。


寄り添うという温かい心をどこかに置き去りにしていないかとも。


親役割を体験するということもとても大事だが、

それがマニュアルになっていないかと。


この助産師さんの講演でとても印象深い2枚の写真を見せてもらった。


2枚とも死産を経験した人だ。2人とも自分の亡くなった赤ちゃんを抱いて写っている。

■1人は笑顔で赤ちゃんを抱っこしている。
■1人は無表情で赤ちゃんをだっこしている。

「写真には医療者がどう関わったかが正直に写る。」

マニュアルとしてただ、写真を撮る、

手形を取るということが大事なのではなく、それはあくまで手段である。


なんのためにそれをするのかというと、

自分のところに来てくれた赤ちゃんが

確かにお腹の中で生きていた、ちゃんと存在した、

愛しい存在なんだということをお母さんに実感してもらい、

赤ちゃんのいのちそのものを慈しんでもらうためなのだ。

お母さんが心の根底でそう感じている感情を、心置きなく感じてもらう。


数年前までは赤ちゃんが亡くなると

それは無かったこととして扱われることがほとんどで、

「赤ちゃんのことをかわいいと思ってはいけない。」

「忘れなければいけない。」

「この世に存在しなかった子、次の子のことを考えよう。」

とお母さん、あるいはお父さんはそう無理に自分に言い聞かせ、

悲しみを押し殺し、

愛しいと思う気持ちまで封印して生きてきた人が多い。

今回の「役割の喪失」については「役割そのもの」というより、

根底にまず赤ちゃんを失ったということがある。


赤ちゃんのいのちをそのものを尊重し、慈しむこと、

その上で親として赤ちゃんのために何かをするという行動が生きてくるのだ。


私自身は赤ちゃんと会うことはできなかった。

しかし、助産師さんのケアでとても救われたのだ。


辛い気持ちは確かに消えないが、

「赤ちゃんの存在を認める」状態で辛いのと、

「赤ちゃんが存在しなかったこと」と無理に思い込もうとする状態で辛いのでは全く違う。


退院後は赤ちゃんのためにぬいぐるみを作ったことや、小さな産着を作った。


これも「親の役割」に当てはまるが、不思議と癒されるのだ。


今回の記事は私自身、講演を聴きに行ったセミナーの冊子
「あかちゃんこどもの死を考えるセミナー
~流産・死産・新生児死亡・乳幼児死亡~」を参考にした。

問い合わせはこちら
あかちゃんこどもの死を考えるセミナー事務局 (嵯峨嵐山・田中クリニック内)

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あかちゃん こどもの死を考えるセミナー の紹介 

2014年9月27日、28日に京都にて「第12回あかちゃん こどもの死を考えるセミナー in京都」が開催されます。

当サイト管理人も昨年と一昨年参加。
昨年は体験者として登壇させていただきました。

京都の産婦人科「嵯峨嵐山 田中クリニック」が毎年開いているセミナーで、講師陣の顔ぶれがとても豊かです。

申込み、詳細は以下のリンクをご覧ください。田中クリニックのサイトに飛びます。
http://www.sagaarashiyama-tanakaclinic.com/seminar/


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